てぃーてぃーの休み時間

コンテンツに迷いが生じてるてぃーてぃーの休み時間です。youtubeや音楽など、やりたいこととくだらないことをする人です。

僕がうつになった話

どうも!てぃーてぃーの休み時間です。

 

ATOTOのレビューをしたかったのですがCarplayがうまくつながらず、ごたごたしてたので明日試しに車で出かけてレビューをします

 

今回はせっかくなので僕自身のことを話してみようと思います。

 

僕は千葉県のとある理系の私立大の大学4年生です。といっても今は休学中なんですけどね。

 

大学生活は最初はとても順風満帆といってもいいほど楽しいものでした。

中学のころからやっていたドラムを続けるためにバンドサークルに入り、新しく挑戦してみようと思い、手芸サークルにも入りました。

また同じ学科の友達と一緒に授業に参加するようにもなり、人間関係に困ることなどありませんでした。

 

高校時代は地元福島の進学校に通っていましたが、バンド活動しか頭になく、ろくに勉強もしてこなかったので大学受験に失敗して今の大学に通っています。

もともと高校を選んだ理由も県内で軽音部がある学校がそこしかなかったから、というだけです(笑)

 

だから大学なんか落ちたところで落ち込みもしませんでしたよ。

 

国公立の2次試験なんて終わった瞬間、「あ、落ちたわw」と思ってその帰りにヨドバシカメラのゲーム売り場で2DSとポケモンムーンを買って帰るくらいの余裕がありましたね、今でも覚えてます。

 

別に大学が違うくらい(金銭的には国公立だったらありがたかったけど)で自分の将来が大きく変わるなんて思ってはいませんでした。

 

そう思っていたのですが。

 

 

大学三年生になり、後期から研究室に配属されるようになりました。

 

私の配属先では、週1ペースでおこなう1on1ミーティングがあり、そこで進路や就職のこと、学校のことを教授と1対1で話す機会がありました。

配属先の教授は就職や進路について熱心にサポートしてくださる方でした。どんな業種がいいかとか、どんなことがしたいとか、いろいろと親身になって聞いてくれました。

 

しかしそれが私にとっては少しストレスに感じていました。

どうせ「仕事」は「仕事」。別にどこで働こうが一緒だろう。と思っていたので。今働いている方々には本当に申し訳ないのですが。

 

そう思いながらも教授に尻を叩かれながらしぶしぶインターンシップを申し込んだり(その企業には申し訳ないのですが)面接練習のために行きもしない企業に面接しに行ったりしました。

こうした行動は全て教授があれはやったほうがいい、こうしろというアドバイスに基づいて行った結果です。

 

今思うと当時の自分は教授に怒られないように、怒られないように、と動いているペットのような感覚だったと思います。

 

それは教授が悪いとかではなくありません。あくまで教授に対し、よく見せようと見栄を張ってしまっている自分がいたためです。

HSP」、ハイセンシティブピーポーなんて言葉もありますが、自分はまさにそのタイプに近いと思います。

 

こうした行動をしてしまう一つのきっかけがありました。

僕は一度、3日連続行われた大学主催の企業説明会に1日だけ行かなかったことで、教授にこっぴどく怒られてしまったことがあります。

 

その結果、僕は教授に対する恐怖を無意識に植え付けてしまったのです。 

だから教授の機嫌を損ねないように、言葉や言動により一層気を付けながら教授と話すようになりました。

 

3年の後期からそうしたことが積み重なり、僕は無意識に疲れていきました。

 

そんな中、僕を追い詰めたのが「コロナウィルス」。

 

ウィルスが日本にやってきて大学は閉鎖に。研究室も入る事も制限されました。

 

3月の1次面接が対面で(一部はこの時点でオンラインにもなっていましたが)面接を行っていたのに4月からは説明会もなくなり、最終面接もオンラインになってしまいました。

 

3月から4月にかけて僕はだんだん壊れていきました。

 

度重なる役員との面接で人と話すことが怖くなってしまい、賃貸の部屋で1人泣き崩れていることが多くありました。

 

面接に落ちると教授には(そんなつもりはなかったと思いますが)なんで落ちるの?なぜ?なぜ?と問い詰められ、候補の企業から内定が出るまでは本当に泣いてばかりでした。

 

そうして4月という早い段階で私は候補の企業から内定をいただくことができました。

電話をいただいた時、素直に嬉しかったです。

 

 

ようやく落ち着ける、もう楽になれると思っていました。

 

でも私の焦りや焦燥感、不安は消えることなくその後も泣くことが続きました。

 

研究室の雰囲気や人間関係にうまく順応することができなかったのです。

 

 

 

小さい頃からは私は「郷に入っては郷に従え」みたいな感じで集団に染まることはそう苦手ではありませんでした。だからどこに行っても人間関係は困らないだろうと思っていました。

 

研究室に配属されたときも、すぐに仲良くなろうと初めて話す同期や先輩方と積極的に話そうと努力しました。

 

しかし、どうもうまく馴染めず、研究室の中に居座るのが苦しくて3年次はあまり研究室に行かないようにしました。

 

そして4年次にはコロナで研究室に入る事も制限されたことで私は全く研究室に行かなくなりました。1on1ミーティングも毎週の進捗報告も論文紹介もオンラインで行うからです。

 

就活のストレスで完全に疲れ切った4月から1か月くらい休みはもらったものの、焦燥感や不安感は消えることなく5月になり、わたしは研究を始めました。

 

毎週の1on1、進捗報告、論文紹介などが近づくたびに吐きそうになりました。

それはだんだん悪化し、メールの通知が届いただけで吐き気がするので通知を消すように、そして進捗報告や論文紹介をサボるようになりました。

 

バイトにも影響が出るようになりました。

ひとりでに自然と泣きそうになる、ミスが増える、シフトに遅刻することが増えるなど、、、、

 

そしてラインも見たくなくなり、未読が増えました。今でもラインはあまり見たくありません。

 

ついに7月に入り自殺を試みました。

自殺なんて自分には縁のない話と思っていましたがまさかそんな日が来るとは思わなかったですよ。ほんとに。

調べたところ首吊りは自殺の中でも一番多く用いられ、比較的楽に死ねるようですね。

ベルトをドアノブに引掛け、首をかけて座ってゆっくり体重をかけていきました。

 

首を絞めて時間が経つとと段々頭の血管が腫れていくような感覚がありました。それが次第に全身に渡り、腕とかもしびれてたと思います。

 

目の前が立ちくらみの時みたいに暗くなるのですが、なかなか死ねない。

 

結果的にあきらめてしまいました。

後で調べたのですが、賃貸で自殺するとかなりお金を請求されることが分かり、それは家族に迷惑だ(情けないですが本当に死ぬことを考えていたので最低限迷惑をかけない死に方を考えていました)とおもい、何度か試みた自殺はやらなくなりました。

 

そして今年2020年8月。

ベッドから動かなくなる日が多くなりました。

朝起きるのも

ご飯を食べることも

歯を磨くことも

お風呂にはいる事も

 

何もかも面倒になりました。

3日、4日食べない日もありましたね、本当に死ぬと思いました。

でもそこまでくると体が自然と食べ物を求めて食べるんですよね、動物の本能ですよね。

 

親からきたラインも無視してたので、心配のメッセージが来たので、僕はついに打ち明けました。

 

「大学辞めたい」と。

 

大学4年まで来て、辞めるとか馬鹿みたいですよね?奨学金を借りてるとはいえ親に大学の授業料年間130万を払ってもらってるのに。

ただ、もっと早く言えばよかったのに打ち明けるのに時間がかかったのは理由がありました。

 

それは私が小学生の時に父が亡くなり、母子家庭だったこと。

 

お金がないのはわかってはいました。だから私立大に通わせてもらっている以上辞めるといった、わがままはできないし何としても卒業して大卒で働いて親を楽にさせてあげたい。安定した会社に就いて安心させたい。

そう思っていたからです。

そのほかにも私自身が助けを求めるのが苦手で一人でため込む事が多かったことも原因の一つですね。

 

だからなかなか言えませんでした。

しかし、母は僕を責めませんでした。

 

「人生どうにでもなるから、辞めたいなら辞めればいい」

 

こんなに苦労してお金稼いで学費を援助してくれているのにどうしてそんなこと言えるんだろうと思いましたね。

 

ひとまず僕は荷物を実家に持って行きました。

借りていた部屋を取っ払い、内定をもらった会社に辞退の電話をし、退学届けを出しました。

 

結局大学の教授や学校の職員に電話で引き止められ、今は休学という形をとっています。

 

 

それで今に至ります。だいぶ長くなりました(笑)

 

 

 

 

私は現在うつ病、とまではいきませんがうつ状態(現在はだいぶ症状は良くなりました)であるとお医者さんに言われ治療を行っています。

 

今は好きな事をしてなるべくストレスになるようなことを避けて生活しています。

 

こういう経験を通して私は、いろんなことを学びました。

 

うつ病などの精神疾患は誰でもおこり得ることを。

人に助けを求めることの大切さを。

そして自分に正直になって生きる事がどれほど難しく、そして大事であったか。

 

正直になって生きるというのは私の場合、中学の時からドラムを習い、ずっと練習していたためほんとは音楽の専門学校に行きたかったのがさすがに反対され、大学に行くことを決めました。

 

でもどんなに将来が安定していなくてもやりたい事に挑戦することは悔いのない人生が送れるんじゃないかと思います。

 

正直頭がいい人は大学に行くんものだと思っていました(笑)ほんとバカですよね。

 

大学は時間があるからやりたい事を好き勝手やれる場所だとようやく気づかされました。1,2年次に授業やバイトで明け暮れる自分をぶん殴ってやりたいですね。

 

僕は半期分大学を休学するので来年の3月で休学期間は終了します。

 

今後どうするかは休みながらゆっくり考えていきたいと思います。

大学に戻るのか。

もう一年休学するのか

大学を辞めるか。

 

色々賛否両論あると思います。でもこれからは自分の人生を自分で決めます。

うつになって休学したのもある意味チャンスだったりするかもしれませんしね。

 

それで僕はこのブログを始めてみることにしました。挑戦系のブログにしたつもりですがまだまだ大した挑戦もしてないですよね(笑)

 

元気になったらもっとジャンルを広げて挑戦していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします!

 

英会話とか資格とかやってみたいなぁ。。。とか

自転車で車でいろんなところを回りたいなぁ。。。とか

楽曲制作やイラストを描いてみたり。。。。

他の趣味を見つけたり。。。。

じつはやりたいこと、いっぱいあります(笑)

 

でも詰め込みすぎるとダメになるのでゆっくりやっていきます。

 

 

自分らしい生き方を見つけてみます

 

 

 

ではまた!